【知られざる富山県】北アルプス・立山連峰に氷河がある!

日本アルプスに氷河があるのかという話題は、山好きでなくとも心躍るテーマです。立山カルデラ砂防博物館のチームが平成21年から立山連峰の雪渓(万年雪)が氷河ではないかと調査を進め、ついに、3つの雪渓が氷河と認定されたのです。それが立山の主峰・雄山東面の御前沢雪渓、剣岳東面の三ノ窓雪渓、小窓雪渓です。

立山の最高峰・大汝山から見下ろした御前沢雪渓

立山の最高峰・大汝山から見下ろした御前沢雪渓

明治35年に始まった日本アルプスの氷河論争

日本アルプスにおける氷河論争は、明治35年に「日本近代地理学の父」・山崎直方(やまさきなおまさ)が白馬岳で氷河地形を発見したことに始まります。

そして山崎直方はドイツ・オーストリアへ地理学研究のため留学し、地理学者のヨハネス・ユストゥス・ライン(Johannes Justus Rein/1853年〜1918年)やアルブレヒト・ペンク(Albrecht Penck)の指導を受けています。

明治35年に白馬大雪渓周辺で氷河擦痕(ひょうがさっこん=氷河の移動によってついた溝)のついた基盤岩やモレーンを発見した山崎は、論文「氷河果たして本邦に存在せざりしか」を発表し、日本にもかつて氷河があったことを世に問います。
日本アルプスを世界に紹介したウェストン((Walter Weston)などは日本の氷河地形に懐疑的でしたが、現在では、北アルプス、中央アルプス、南アルプスの圏谷(カール)は当然のことながら、日高連峰の圏谷や谷川岳東面なども氷河地形だと考えられています。

さてさて、立山連峰・雄山の西面には、明治35年に白馬岳で氷河地形を発見した山崎直方が、明治38年に日本で最初に発見した圈谷(カール)である山崎圈谷(やまさきけんこく)があります(国の天然記念物で立入禁止)。
その山崎圈谷とはまさに雄山山頂を隔てた反対側(東側=黒部側)の御前沢の上部にある御前沢雪渓(ごぜんざわ)が、今回「氷河では?」と最初に推測された場所です。

雷鳥沢から眺めた立山三山と山崎カール

雷鳥沢から眺めた立山三山と山崎カール

3つの氷河が確定し、さらに1ヶ所が調査中!

白馬大雪渓、剣沢雪渓、乗鞍大雪渓、飯豊(いいで)石転び沢雪渓など、日本各地には大きな雪渓がありますが、この「雪渓」と「氷河」は何が違うのでしょうか? 

答えは単純で、「氷河はゆっくりと移動する」。つまり、万年雪のような雪渓の中に隠された氷の塊が1年以上継続的に移動していれば、氷河の可能性があるというわけです。

学術的な定義としては、氷河とは、「重力によって長期間にわたり連続して流動する雪氷体(雪と氷の大きな塊)」。
これまでは、日本には氷河は存在しないとされてきました。

(財)立山カルデラ砂防博物館の学芸員、福井幸太郎さん、飯田肇さんは立山・剱岳周辺の万年雪が氷河か否かを解明する確認調査を平成21年に開始。福井さんたちは御前沢雪渓の氷河氷にポールを刺し、ポールの頭にアンテナ設置するという方法でGPSによる観測を行なったのです。その結果、氷河氷が移動していることが判明したのです。

調査の結果、御前沢雪渓、三ノ窓雪渓、小窓雪渓ともに、厚さ20mの前冬の積雪の下に、厚さ30m以上の氷体が確認されたのです(とくに三ノ窓雪渓の氷体は、最大の厚さが60mを超え、長さも1kmを超える長大な氷体)。

三ノ窓雪渓、小窓雪渓では、秋季の約1ヶ月間で30cm以上の比較的大きな流動が観測され、ヒマラヤなどの小型氷河の流動量に匹敵するものとして平成24年4月に日本雪氷学会に学術論文として発表され、立山・剣岳の3つの万年雪は現存する氷河と学術的に認められたのです。
さらに平成25年には、剱岳西面の池ノ谷右俣雪渓で氷体の流動が観測され、4つ目の氷河である可能性が高まっています。
内蔵助雪渓からは1700年前という日本最古の氷も発見されており、こちらも氷河としての期待が・・・(現在、福井幸太郎さんらが調査中)。

これまでは、極東でカムチャッカ半島より南には、氷河が現存していないというのが定説。
世界的に見れば「最も温暖な地域に存在する氷河」ということに!
世界の常識を覆した立山の氷河は、世界唯一の「温暖氷河」、さすがは、立山です!

立山連峰の氷河
 

 

ABOUTこの記事をかいた人

酒井正人(プレスマンユニオン理事)

ラジオ・テレビレジャー記者会会員/旅ソムリエ。 旅の手帖編集部を経て、まっぷるマガジン地域版の立ち上げ、編集。昭文社ガイドブックのシリーズ企画立案、編集を行なう。その後、ソフトバンクでウエブと連動の旅行雑誌等を制作、出版。愛知万博公式ガイドブックを制作。以降、旅のウエブ、宿泊サイトにコンテンツ提供、カーナビ、ポータルサイトなどマルチメディアの編集に移行。